蒲公英





繋いだ手の平からは、体温しか流れ込んで来ない。
何を考えていて、何を欲しているなんて一つも解らないのだ。
そういう、男だった。



篠原と山崎が出会ったのは、山崎の家だった。
代々有名な忍びが出る、山崎家の忍養成所。
篠原は、そこにいた。


子どもの頃に棄てられ、行き場をなくした子供の行く末は三つある。


そのまま盗人となり、やくざとなり、最後には野たれ死ぬか。
人身売買され、遊郭で働くか。
存在そのものを抹消され、忍としてのみ存在することを許されるか。


篠原は、その三つ目だったのだ。


タンポポの咲く四月に、川原で拾われ、そのまま彼は『死んだ』。
篠原と言う苗字を与えられ、ただひたすら山崎家のためのみに存在する人間になった。
烏色の服を着せられ、闇と同化し、人を欺くことのみ教わった。


その家の師範代理は、とてつもなく綺麗な人である。


ある程度人を殺し、ある程度山崎家に尽くし、たくさんの人間を欺いた時に、篠原はこの話を聞いた。
欺いている人間が、偶然にもその話をしたのだ。
手酌をしつつ、その言葉の一字一句を逃さないように聞く。


そやつに、一回会ってみたいものだ。


あえますよ、と呟けば、後は簡単だった。
知り合いのふりをし、情報を聞き出すと、篠原はその人間の首を切った。
たまに篠原は、どうして簡単に人間の首が切れるか悩む時がある。
こんな簡単に死んでしまうのに、なぜみんな生きているのだろうか。


しかし、悩んだところで自分が首を切られるまでこのことを止めるつもりも無いのだが。


切り落とした首を拾おうと手を伸ばすと、後ろからクナイが突きつけられていた。
後ろを振り向くことを許さないそれは、明らかに篠原よりも上級の者の手だった。
一ミリもずれずに急所に当てられるクナイに、篠原は少しの焦りを覚えた。


ある程度人を殺し、ある程度山崎家に尽くし、たくさんの人間を欺いた篠原は、山崎家の上位にいた。
その篠原よりも上級だとすると、山崎家本家の者しかありえない。
もしくは、自己評価が甘すぎたか。
 

ぐだぐだと考えていると、いつのまにか車は山崎家についていた。
いつもなら通り過ぎるはずの本家の門に、吸い込まれてゆく。
初めてくぐる門は、とてつもない威圧感を持っていた。


無理やり押し込まれた車からやっと開放される。
引きずられるようにして奥へ進むと、先ほど門で感じた威圧感がだんだん強くなってゆく。


とある襖の前で、それは最大値へ達する。
立ってるのもままならないその感覚が、襖が開いていく度にまた強くなる。
殺されるかもしれない、篠原は本能でそう感じていた。


中に居たのは、自分より若そうな少年だった。


びっくりして止まると、その少年は微笑んだ。
この世の物とは思えないその微笑みは、冷たい感じさえした。
篠原がつばを飲む音をさせると、少年は篠原を引きずってきた者を下がらせた。


「こんにちは。」


人形のような少年は、くすくすと笑っている。
目は、死んでいるのに。


「山崎家当主の、山崎退です。」


身震いすら起きはじめた篠原に、山崎はまた微笑んだ。
凄く楽しそうに、泣きそうな顔をしながら、微笑んだ。
その顔を見て、篠原は、泣きそうになる。


「初めてですよ、この部屋に入ってきて倒れない人は。」
「さっき、俺と、一緒に入ってきた、彼らも、倒れなかったじゃないですか。」
「あぁ、さっきの。」


篠原がぎりぎりの状態で声を出すと、とうとう山崎は立ち上がった。
笑いながら、泣きながら、少年は篠原に囁いた。


「あれは人間じゃない、ただの忍さ。」


崩れ落ちた篠原に、山崎は手を差し伸べる。
その手に触れると、何故か暖かくて、優しくて。
また、篠原の涙は止まらない。


「俺の話を勝手にした不届き者が居るって聞いたから、連れてきて殺そうかと思ったけど気が変わった。」 

君は僕の第一の部下だよ。


「はい、かしこまりました。」


威圧感は全てなくなり、この人のために全てをささげようと篠原は思った。
先ほどの答えが見つかったのだ。


人はみな、生きているのではない。
自分の信じる絶対的なものに、生かされているのだ。
そして、自分にとってそれは山崎退なのだ。


彼がたとえ、攘夷という危うい橋を渡っていたとしても。
彼がたとえ、そのために真選組を欺いていたとしても。
彼がたとえ、自分を人だと思っていたとしても。


彼の隣なら、何でもしよう。






だから、俺はあの青年の隣にいた。 









君の思い人は、俺ではないと知っていながら。
その期待を、消せずいに居た。






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お気づきの方はいらっしゃいますでしょうか?
こちら、犯罪の続きですね。
犯罪を読んでない方、すみません。
今からお読みすることをお勧めします。

あれから退は、一回実家に帰っています。
そして、篠原を抱え込み、真選組にもぐりこみます。
さてさてさて、これからどうなるのでしょうか。

裏切った瞬間とか書いてみたいですね。
つかこれ、篠山でいいのかしら。
篠→山?篠+山?
…めんどいんで篠山で!!(おい


蒲公英の花言葉…思わせぶり