掃除
とうとう、この人の部屋を片付ける時がきた。
もうあの事件から半年。
今まで誰も片付けなかったか不思議なくらいだが、それほどみんなあの人を尊敬していた。
たとえ、裏切られていたのだとしても。
「山崎、お前が片してやれ。」
そんな残酷な指令が上司から出るまで、誰も手をつけなかったのかと思うと少し嬉しいようで悲しかった。
本当に片付けるのが寂しくて嫌な人もいるだろうが、きっと触りたくも無いと思っている人もいるはずだ。
そう考えると、あの寂しい人がとても哀れに思えてくる。
「失礼します…。」
誰も居ない部屋に、一声かけてからはいる。
中に入ると、あの人らしいとても整理された部屋。
無駄なものなんか何も無い、生活感の全く無い部屋。
そんな少ない私物を一つ一つ袋にしまってゆくと、見覚えのあるメガネ。
「…誕生日プレゼントであげたやつじゃん…。」
結局、彼は自分を最後まで連れて行ってくれなかったのだ。
そして、わざわざあそこへ呼び出したのだ。
話があるから来てくれ、と。
自分を止めるためになのか、俺が邪魔になったのかはよくわからないが、とにかく、俺は一回彼のせいで死に掛けた。
どちらだとしても、俺は起きることを知っていた。
彼から、教えられていたから。
死ぬ前日に話したことをよく覚えている。
それは、とても寒い日だった。
「山崎君、僕が真選組を裏切るといったら、君はどうする?」
お互いを暖めあったあとの、甘い時間には似つかわしく無いような内容の質問。
それに、山崎はとても大きな不安を覚えた。
「…え、ど、どうすると聞かれましても…。」
「僕を取るかい?それとも…上司の彼を取るかい?」
しばらくの沈黙。
ふぅ、と俺はため息をついた。
「真選組の監察の山崎退は、副長を命をかけてでも守らなければならないんです。」
ふっと、彼の目線が落ちる。
その目には、俺がプレゼントしたメガネがかかっていた。
「そうか…なら…。」
「でも、ここにいる山崎退は伊藤鴨太郎が絶対なんです。だから…」
あなたの隣で生きていたい。
そう呟けば、あなたは少し笑った。
「なら、僕のためには死ねない、か。」
流石、頭のいい人だ。
「そして、真選組を裏切れば、僕が死ぬと思っている。」
「さすがです、先生。」
そのまままた二人で布団になだれ込めば、何にも考えられなくなり。
再び、暗闇の中へ落ちたのだ。
手元のメガネを見ると、半年も放置されていたからか埃をかぶっていた。
「…ねぇ。」
メガネに、語りかける。
障子の向こうに、土方さんがいるのは知っている。
土方さんが、俺のことを想っているのも知っている。
だけど、逆恨みであっても。
彼を殺したあの人を、許せそうに無いから。
俺はこうやって、ずるく、賢く、あの人に止めをさす。
「貴方が居なくなって、俺は誰の隣で生きてゆけばいいんですか?」
息を呑む音が、伝わってくる。
これは、誰にも言わなかった俺の本音。
「言ったじゃないですか。俺は貴方のために死ねない、って。」
ピキ、とメガネが嫌な音を立てる。
すこし、ヒビが入ってしまったらしい。
「ねぇ、鴨太郎さん…。」
あの二人の関係を、土方さんが知っているわけが無い。
だって、あの時土方さんはおかしくなっていたのだから。
だって、俺たちの関係は一晩のみだったのだから。
だって、俺はそのことに関して一切口を開かなかったのだから。
土方さんが走り去る音がした。
これから俺は、誰の隣で生きて行こうか。
やっと流れ出した暖かい粒は、静かに畳に落ちて消えた。
悲しい君よ、私は君を忘れない。