落とし前






 潜入調査へ出た篠原は、もう三日三晩何も食べていなかった。

 理由は簡単。

 潜入先の店主に、密偵だと気付かれてしまったのだ。
 些細な失敗が重なってしまった。
 聞き耳を立てているところに出くわしてしまうし、天井はミシリと音を立てる。

 そして、最後は監察室長の山崎に電話しているところを見られてしまったのだ。
 それも、「副長」と言うワードも言ってしまったので、確実に真選組だとばれているだろう。



 この状況は、篠原にとってお世辞でもいい状況とは言えなかった。
 このまま帰れば粛清は確実だ。
 そして、もう店主に対する良い言い訳も思い浮かばない。

 もう、終わったな。

 そう思ってしゃがみこんだ篠原の前に、黒い影が立ちふさがった。



 「篠原、生きてる?」



 その影は、見覚えのあるものだった。



 「…っ…山崎さん…。」



 黒く跳ねた襟足に、下がり眉毛。
 愛しい人を篠原が見間違えることは無かった。



 が。



 その愛しい人の握り締めている剣先は、間違いなく自分を貫いていた。



 「ごめん、死ねる?」



 笑顔の山崎に、恐怖なのか愛情なのかわからない感情が篠原を蝕む。
 すこぶる楽しそうな山崎は、そのまま剣を篠原の体奥まで突き刺してゆく。
 一瞬で殺さない。
 じわりじわりと、死が近づいてくる。
 そんな感覚に、篠原はもう狂っていた。



 「すみません、ちょっと死ねないです。」



 そのまま刀を握り、自分の手が傷つくのも恐れずに力をこめる。
 じりじりと篠原を焼く痛みは、きっと彼を愛するには必要なことなのだ。



 「恋人の手で死ぬのが幸せだと思えるほど変態ではないので。」



 一瞬、瞳孔が開いていた。
 普段温和な上司が自分の目の前でのみこんな表情をするのだ、少し優越感に浸る。
 そんなことを考えている篠原をお構いなしに、篠原から滴る血をうっとりと眺めながら、山崎は呟いた。



 「…じゃあ俺は変態だね。」



 その言葉を聞えなかったものとし、自分に刺さった刀を抜くと篠原は立ち上がった。



 「副長の命令ですか?粛清して来いと?」



 貧血でふらふらした体をしっかりと持ち上げ、山崎に問う。
 あの男ならやりかねない。
 山崎を自分のものにするためなら、なんでもしてしまうだろう。



 「残念ながら、俺の独断。命令が無いから殺せないんだよね。」



 ふふ、と笑う山崎を見やり、篠原はため息をついた。
 もう、しゃべる体力すら残っていない。
 そのことに気が付いたのかいないのか、山崎が口を開いた。



 「…いっそ、篠原が裏切ってくれたらな。」



 恋人は、僕を殺したいらしい。



 違う、「この手で」と付け加えといて。
 だから、僕はあの手で落とし前をつけたんだ。
 そうか、これが答えなんだ。
 僕の上司は、局長でも副長でも、参謀でもありませんから。
 なら、死んでおいで。










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 最後五行はあまり気にしないでください。
 こんな会話が動乱編前にあったら動乱編の時にこんな感じなんだろうなと。
 しーのんだけが沖田に無抵抗で殺されるといい。
 死にに来ました、見たいな。
 んでしーのんだけ地獄で延々と山崎を待っていれば良い。
 そして生き残った参謀に鳶に油揚げ万歳ww
 テスト前は神が降臨するんです。
 きっとその神様は頭に「現実逃避」という鉢巻をしていることでしょう。