「な、何を言っているのですか?」


初めて、山崎は土方にたてついた。
言っていることの意味がわからないと言い、その手を弾き飛ばす。
それほどまでに、山崎は混乱していた。


「だから、次の潜入先は男娼館だ。」
「その、え、小間使いですか?」


「そんなわけないだろう。」


槍のように土方の言葉が山崎に突き刺さった。
寝て来い、と上司は言ったのだ。
自分の初恋の相手が、他の男と寝て情報を集めて来い、と、言った。


「無理です!そんな…!」


次に言葉は出てこなかった。
山崎の感情はそれほどまでに高ぶり、コントロールが出来なくなっている。
それを知ってか知らずか、土方が口を開く。


「…お前しかいねぇだろ、こういう事できそうな顔。篠原もいるが、あいつは伊藤と一緒に幕府への会合へ出さないとならねぇ。屯所にいて、なおかつ男受けしそうなのはお前だけなんだ。無理は承知だ、だが今回の捕り物を落とせば真選組も危ない。だから…」
「無理です!」


山崎はそれでも拒否をした。
いままで、山崎は土方を否定したことがない。
それは山崎が土方を尊敬していたこともあったし、土方自身が間違ったことを言ったことがなかったからである。


しかし、いくら土方に忠誠を誓った山崎でも、土方が間違ったことを言っては居なくても、山崎にそれは許せなかった。
なぜ自分が、こんな辱めに会わなければならない。
自分は、武士になるために真選組に入った。


男娼になるためでは、ないのだ。


「だから、無理とかじゃねぇって言ってんだろ。」


土方にも焦りと怒りが見えてくる。
いままで自分の言うことを何でも聞いてきた部下だからこそ、ここで駄々をこねられるのは予想外だった。
しかし、無理を言っているのは自分自身、と心を抑える。


「真選組もあぶねぇんだ。前回の捕り物を落としているし、それにお偉いさん方が異常に怒ってる。」
「いつもならそんなの気にしないじゃないですか!」
「俺だってお上の顔色なんざうかがいたくねぇよ。だがな、どうしょうもないこともあんだよ。」
「それが、俺を売ることなんですか!?」


もう、我慢の限界だった。
土方も山崎も、自分の感情を抑えきれない。
それほどに、お互いに傷ついていた。


「近藤さんの首を飛ばされたら俺らは終わりだ!それぐらいもわからないのか!?」
「だからって…だからってあんまりです!そんな、知らない男と寝て来い、なんて…。」
「知ってる男ならいいのかよ!?だったら行く前に篠原にでも抱いてもらえ!!」


言ってから、土方は自分の過ちに気が付いた。
しかし口から出た言葉は戻ってこない。
山崎は、唖然として座っている。


「…そうですか。」


そのまま山崎が退室するのを、土方は静かに見ていた。
静かに扉の閉まる音が、嫌に今の心情と重なって土方をイラつかせる。
しかし、自分は副長として間違ったことをしていない。


土方はそう思うと、目を閉じた。










気が付けば、煌びやかに彩られた部屋にいた。
自分も普段、女装をする時ですら着ないような派手な藍色の服を着ている。
あぁ、仕事をしなければ。


「いらっしゃいませ。」


静かに頭を下げると、下品な顔をした男が下品に笑う。
やはり、こういうところを使うのは下衆だけだ。
山崎はそう思うと、その下衆に酌をする。


「何処からいらっしゃったんですか?」
「お前の知らないような遠い場所さ。」
「そんな酷い。人のことを馬鹿にして。」


また男は下品に笑うと、お前はかわいいなぁと口付けをしてきた。
気持ち悪い。
それしか山崎は思わなかった。


「ち、つれねぇな。お前さんの売りはそこかい?」
「はい、俺はなかなか落ちませんよ?」
「なら、力づくで落とすまで。」


着物を乱そうとする手を止め。
形式だけの嫌をする。
始まるのだ、駆け引きが。


始まる、仕事が。






べたべたする身体で、男から情報を聞きだした。
しかし山崎は満身創痍だったため、屯所に帰れないでいる。
腰は痛いし、体中はだるい。


おまけに、昨日つけられた手首の痕が消えない。


拷問をされたと言えば普通の隊士は騙されるだろうが、上司はそうは行かない。
なにせ、上司は知っているのだ。


昨日、山崎がどうやって情報を集めたのかを。


真っ赤にはれた手首をさすると、山崎の目から涙が落ちる。
男なのに恥ずかしい。なんて思う余裕もなかった。
ただただ、哀しかった。


あの人にとって自分は、ただの道具なのだ。


涙が止まらない。
隣に寝ている男はそのことに全然気が付かないようだ。
だから、下衆なのだ。


山崎が気配を消して部屋を出ると、そこには大勢の男が居た。
色とりどりの服を着た男達が、山崎に襲い掛かる。
動きにくい着物から獲物を出すと、山崎は飛び上がった。



藍が赤黒く染まっていく。


真選組監察筆頭は伊達ではない。
それなりの実力をもち、人殺しの術に長けている。
そこで、また山崎の頭の中にあのことが蘇る。


それでも、あの人にとってはどうでもいいことなのだ。
自分は、いくら人を殺せても、男と寝て情報を集めるダメな部下でしかないのだ。
いくらあの黒い服を赤く染めても、あの人は認めてくれないのだ。


その隙に、変な薬をかがされる。
山崎の意識が遠くなる。
最後に見たのは、やはり下品に笑うあの男だった。




「ほら、吐け!どこの密偵だ?」


回されながら聞かれたって、答えられるだけの気力は山崎に残っていない。
これなら、普通に拷問にかけられた方がましだ。
あぁ、精神的に痛い、なんて山崎は思っている。


「はかねぇのか?」
「だ…れが。お前らなんか…」


苦痛でしかない。
多分、土方は山崎を助けに来ないだろう。
そんな確信が、山崎にはある。


「俺…なんか捨て駒…なのに…」


バタンと音がした。
上から血飛沫が降る。
山崎がぽかんとしていると、ソコには鬼の副長が居た。


「なんだ。生きてたのか。」


その言葉には間違いなく暖かさがこもっていて。
山崎は少しだけ嬉しくなった。
山崎は立ち上がろうとしたが、腰に力が入らない。


助けてもらおうと、土方に手を伸ばした。
制服をつかむ。
土方と山崎の目が合った。


「さわんじゃねぇ!!」


土方に手をはじかれた山崎は、どうして良いのか途方にくれた。
土方も苦い顔をしている。
もう、お互い涙すら出ない。


「…すみません。」
「いや…早く立ち上がれ。報告しろ。」


そこから振り向くことなく、土方は立ち去った。
山崎は、そこから動けない。
べたべたに汚れた身体を、破かれた布で包む。


なんて無様なんだろう、と山崎は瞳を閉じた。





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土方が酷い人週間です。
なんか可愛そうに、山崎。(お前が言うな。

最近だんだん書く小説が無駄に永くなる気がします。
あ、もうだめだwwwww