ずっと隣に居てくれると、信じていたのに。
あなたが、俺の居場所を奪うというのならば。


  もう一回



山崎が、動きを止めた。
土方ははっとしたが、またいつもの鬼の顔に戻る。


「わかったかよ。」
「…は、い。」
「なら、仕事に戻れ。」


もう一度、途切れ途切れに返事をすると、山崎は副長室から姿を消した。


事の次第は、簡単だ。
山崎が、土方のマヨネーズに文句をつけた。
食べすぎは身体によくありませんよ、と軽く言ったのだが。


土方はそれが御気に召さなかったらしい。
いきなり鬼の形相で立ち上がると、怒鳴りつけたのだ。


お前は俺のなんなのだ、と。
恋人でもないのに、えらそうだ、と。
あまり生意気だと、真選組を首にする、と。


そして、冒頭に戻る。
土方もさすがに言い過ぎたとは思った。
だが、自分にも非があるが、山崎にも非があるとも思っているのだ。


土方は、山崎に告白したことがある。
もともと身体だけの関係で、そこを打破したくて自分の気持ちをあらわにしたのだが。
タイミングが悪かったのだ。


事情の最中にした告白を、山崎は冗談だと解釈している。


それから、いくら気持ちを伝えても振り向いてくれない山崎に、土方は正直イライラしていた。
両思いなのはわかっているのに、何故か手に入らない。
そこに、あの言葉である。


つい、ストレスが溜まっていってしまった。


しかし、今までの喧嘩も、次の日になれば山崎が謝ってきた。
そこで土方も自分が悪かったといい、ハッピーエンドで終わる。
そのパターンをまた土方は期待しつつ、目を閉じた。


しかし、次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、山崎は謝ってこなかった。


さすがに痺れを切らした土方は、自室に山崎を呼びつけた。
そのままお久しぶりの事情を決め込もうと思っていた土方の目の前にある事実は、あまりにも残酷だった。


「その…この間は悪かった。」
「何の話ですか?」
「いや、ほら、一昨日の前の日の…」


その日なら、俺、一日仕事していましたよ。


山崎の口から出てくる言葉に、土方は絶句するしかない。
いや、あの日はまずミントンをしていた山崎を殴ったところから一日が始まったはず…。


「いや、お前ミントンしてたじゃねぇか。」
「…え?やだなぁ、いくらミントンが好きでも、仕事中にやるわけがないじゃないですか。」
「いや、そんなことは…」


変な副長。


そのまま山崎は、副長室を後にしようとする。
しっくりとこないが、夜のお供はして欲しい。
土方は山崎を呼び止める。


「山崎。」


そのまま抱きとめると、山崎が暴れだした。
いつもの戯れかと土方は思ったが、どうも力の入り方が違う。
まるで、土方自信を拒絶しているような暴れ方だったのだ。


「おい、山崎?」
「ちょ、副長!あなたそういう趣味があったんですか!?」
「は?今までだってやってたじゃねぇか!」


知りませんよぅ、といってとうとう山崎が泣き出した。
そこに沖田が現れて、事態が全て土方の悪い方向へ進んでゆく。


「うわぁ、土方のこのヤローが山崎を無理やり犯そうとしてまさぁ!!!」
「助けてください、沖田隊長!篠原!」


なんだなんだ、とギャラリーが集まりだした。
篠原がすっと山崎の手を取り、歩き出す。
沖田は、土方に刀を向けていた。


「強姦とは…とうとうおちやしたね、土方。」


沖田の目は、殺気を放っている。
言い逃れの出来ない状況で、土方は頭を抱えた。





その夜、篠原が珍しく副長室に訪れた。
山崎をはさんだ三角関係を繰り広げていた二人は、とてつもなく仲が悪い。
そんな篠原は、副長室へは仕事以外立ち入らないのだ。


そんな篠原の登場は、土方にとって嫌な知らせでしかなかった。
それも、昼にあんな事件が起きている。
嫌みも一つや二つじゃすまないだろう。


…しかし、篠原の口から出てきた言葉は、予想以上に土方を傷つけた。


「記憶障害…だと?」
「はい。あと、人格障害が起きています。」


あまりの予想外の出来事に、土方は頭が回らなくなっていた。
記憶障害を起こすようなことを、自分はしたのだろうか。


「…原因は?」


篠原は、一瞬顔をしかめた。
その表情は、土方を攻め立てている。


「…副長と話をしたときにのみ、とてつもない頭痛がするそうです。」
「それと、何の関係が…。」
「貴方との記憶のみ、障害が出ているんです。監察方筆頭と言うことは覚えていても、副長と体の関係があったことを忘れているんです。…この意味が、わかりますか?」


土方が首を振ると、篠原はため息をついた。
そのため息が、彼の雇い主を思い出させて不快だった。


「副長の責任ですよ。それに、山崎さんはミントンをしなくなりました。」
…貴方の気を引く必要がなくなったから。


篠原も、土方も、苦虫を噛み潰したような顔になる。
しかし、篠原の表情には明らかな恨みがこもっていた。
大事な人を、帰せ、と訴えている。


「…なおらねぇのか。」
「たとえ治るとして、俺が教えるとお思いですか?」


ガツン、と音がした。
篠原の頬が真っ赤になる。
しかし篠原の表情は、一個も変わらない。


「いいですか?副長は山崎さんを失ったんですよ。山崎さんの唯一の居場所だったはずの副長の隣を、副長が奪ったんですよ。…首にする、なんて冗談でもいうんじゃねぇよ。この場所が、しんせんぐみが、あのひとにとってどれだけだいじだったか、あんたはしらないんだ!!!」


息を切らした篠原は、一言非礼を詫びると、副長室から居なくなった。
泣いているように見えたのは、土方の見間違いかもしれないが。
とても、哀しそうな顔をしていたのだけは事実だった。






次の日から、篠原と山崎は晴れて恋人同士になった。
それは、嫌でも土方の耳に入ってくる。


そして山崎は、土方を「土方さん」ではなく「副長」と呼ぶようになった。
篠原を、「篠原」ではなく「しん」と呼ぶようになった。


土方には、沖田が冗談を交えながら二人を祝福する姿を、遠くから眺めることしか出来ないのだ。
土方には、取り返す権利がないのだ。
権利を、自ら投げ捨てたのだから。


山崎は、あれからぱったりミントンをしなくなった。
土方が理由を尋ねたら、ずいぶんとサッパリした理由が帰ってくる。


「…なんか、前はする理由があったはずなんですけど…今は、やらなくてもいいかなぁって思っちゃうんですよ。」
しんも居ますしね。退屈しないんですよ。


山崎の、殴られた痕が減っていくのを、土方は寂しく思っている。
山崎を、殴る回数が減っていくのを、土方は哀しく思っている。
都合よく、もう一回、なんて出来ないのを知っているのに。



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地味の天才様に提出しました。
ひじーが可愛そうですね。
私の書く小説って誰かしらかわいそうになります。