犯罪





 「鬼兵隊、隠密部隊長……、ただいま帰還いたしました。」



 小学生ぐらいの高い声が、その静かな会議室に響き渡った。
 彼を初めて見るものは、とても驚いた顔で固まっている。
 いつものそんな反応を楽しんだ後、彼の主人は報告を促した。



 「さっさと報告しな。……。」
 「はいよ。…やはり、真選組は将来邪魔になること確実かと。今のうちに潰しておくのが得策でしょう。
  頭の近藤よりも副長の土方を殺めたほうが事が運びやすいかと。」



 その、幼く、地味な少年が放つ言葉の残酷さに、他の重役は相変わらず言葉を発せずにいた。
 ただ、鬼兵隊隊長、隻眼の高杉晋作だけはそれを楽しそうに見ていた。



 「そうか…。何か良い案はねぇか?」
 「三日ほどいただけますか?最善の方法を考えておきます。」
 「一日まつ。」



 ありがとうございます、との一言とともに少年は会議室から去っていった。
 足音一つ立てずに、まるでその場にいなかったように。



 「ほら、ほかに話し合うことはいっぱいあるぜ?」



 高杉の人を小馬鹿にしたような話し方で話し掛けられるまで、誰一人として動けずにいたのだった。










 少年は、ある日突然高杉が拾ってきた。
 泥まみれの少年を、一緒に風呂に入れてやるほどの可愛がりようだった。
 その晩、彼は桂にとても楽しそうにこう洩らしている。

 ―いい狗を見つけた―と。

 実際、その少年は少年とは思えないような力を持っていた。
 医者の家の出らしく、普通以上の知識は身についていて。
 その裏家業が、隠密だったらしい。
 なので、もれることなく少年は何でもこなした。

 怪我をした者がいれば治療をし、いざ戦いとなれば得意とする棒術で敵をなぎ倒し。
 もちろん、隠密作業もやらせた。
 そんな少年を、高杉はたいそう気に入っている。



 「おい、……。」



 名前を呼びつければ、すぐに部屋にやってくる、その狗。
 それがいくら小さい声でも、それが高杉の声なら、彼には聞えるらしい。
 そんな本物の狗のようなところも又、高杉のお気に入りだった。



 「はいよ。」



 変な掛け声とともに、少年は高杉の部屋へと足を踏み入れた。



 「おい、考えは浮かんだか?」
 「…はい。………。」



 自分が考えたとおりの答えに、高杉は笑いをこらえる。
 楽しくて仕方が無かった。
 この、主人の期待を裏切らない狗が。
 自分のことを神だと言わんばかりに慕う狗が。

 そして、この狗に心底惚れてしまっている、自分が。
 少年が持ってきた話は、少年を犠牲にしかねないような作戦だった。
 だが、少年はそれを簡単にこなすだろう。
 しかし、それは彼が心変わりしなかったらの話。



 「ほお、お前にそれが勤まるとでも?」



 高杉の意地悪な問いに、自信満々に、少年は頷いた。



 「あなたのためならば。」



 狗としての模範解答に、とうとう高杉は笑いをこらえきれなくなった。
 きょとんとするその少年に、高杉は言い聞かせる。



 「行って来い。それで、帰って来い。」



 その嬉しい言葉に、少年は笑った。
 無邪気で、無知で、無償に壊してやりたくなるような笑顔で、少年は、笑ったのだ。



 「あなたのためならば。」










 「おい総悟、泣き声がしねぇか?」



 近藤の一言に、沖田は耳を済ませた。
 しかし、子どもの泣き声など一個も聞えない。



 「え?近藤さんの妄想じゃないんすか?」
 「いや、やめてね、その言い方…。」



 そんな二人を残し、鬼の副長…土方は路地へ入ってゆく。
 子どもの泣き声がする。
 まるで、自分を呼ぶかのように。

 もしかしたら、沖田の言うとおり空耳かもしれない。
 でも、はっきり聞えたのだ。
 声がする方へと、足は勝手に進んでいく。



 「うっ…。」



 そこには、彼が運命の相手と勘違いする少年がいた。



 「お前、名前は?」
 「や、山崎…退ですっ…」



 一歩引いて見るという意味らしいぞ。
 嘘、いつか彼のもとに帰るための名前。

 俺の狗になればいい。
 だって、僕のご主人様はあなた一人。










 =====

 シリーズで続けようかなと。
 高山←土みたいな感じ。
 きっと土方さん相当かわいそうになると思われます。
 ご、ご愛嬌で!!!