鈴蘭
部屋にある鈴蘭は、とっくの昔に枯れ果てていた。
もう、世話をする人間も居ないのだから当たり前か、と植木鉢を片付ける。
三年前の夏から、この部屋は時を刻まない。
いや、刻めない、と言った方が正しいかもしれない。
山崎さんがいつ帰ってくるかもしれないと言う期待と不安から、俺はこの部屋から動けずに居たのだから。
山崎さんがこの鈴蘭を買ってきたのは、単純な理由だった気がする。
花言葉がうんたらかんたらと言ってはいたが、今となっては全く思い出せない。
それに、結局この鈴蘭が来た三日後、この部屋から全ては居なくなった。
ただ、全てを捨ててしまおうと思った俺を引きとめたのは、紛れも無いこいつだった気がする。
呼んだのだ。
彼を、一人にしないでと。
彼は、一人じゃ生きて行けないよと。
彼に、孤独を悟らせてはダメだよと。
鈴蘭の植木鉢に手をかけると、新しい芽が出ていた。
他の枯れたものを抜き取り、それだけを残す。
花を開いてくれればいい。
もう一度だけでいいから。
こんな俺の陳腐な、ただ、ただ一つの願いを叶えて欲しい。
彼を、一人にしたくないから。
彼は、一人で生きていけないから。
彼に、孤独を悟らせてはダメだから。
部屋のチャイムが、鳴った。
鈴蘭の最後の抵抗か、最後のプレゼントか。
開いた扉の先には、撫子を持った山崎さんが居た。
抱きしめようとした俺の手がすり抜けなければ。
きっとまた、二人は鈴蘭のように生きられるのに。
鈴蘭 幸せのシンボル
撫子 無くなった人を慕う