三角形
神様に祈れば救われるなんて、嘘だと思っている。
だって、俺は一つも救われなかった。
あの人は振り向かなかったし、
俺は女にはなれなかったし、
上司と部下以上の関係にはならなかったのだから。
まぁ、彼と出会ったことだけでも感謝しろと言われればそれまでだが、
それでも俺は納得がいかなかった。
幼馴染にはかなわない、そんなのは知っている。
長い時間、一緒にいたのだって痛いぐらい聞いたさ。
だけど、とても長い間祈りつづけた俺がこの調子では、神様なんていないのだ。
ねぇ。
あなたはいつも何処を見ているの?
笑顔になるために、孤独を。
孤独を嫌うために、笑顔を。
仕事柄、これが俺の信条となっていた。
誰にも嫌われぬように、笑顔を。
疑っていることがばれないように、笑顔を。
誰にも愛されぬように、孤独を。
疑っていても傷がつかないように、孤独を。
寂しいなんて思ったことは一度も無かった。
だってそれが俺の仕事だし、あの日から俺の中で「彼」は絶対無二になったのだ。
そして、「尊敬できる人物」も、「とても愛しき人物」も、彼しかいなかった。
つまり、俺の人生にはやはり彼しかいないのだ。
「山崎。おい、山崎!」
彼が呼ぶ、僕の名前を。
それだけで暖かくなるんだ、ココが。
「はい、何でしょうか?」
「ぼーっとしてんじゃねぇよ。見回りの時間だろうが。」
だから、あの日から。
彼は、「命と引き換えても守らなければいけないヒト」になった。
「はいよっ!」
でも、俺が返事をすれば、彼はほんのりと笑うから。
俺まで生きて居たくなってしまうんだ。
あの馬鹿を殺そうと狙っているうちに、あいつにはまってしまっていた。
いつでも奴の隣にいて。
まるで腰巾着だと最初は笑っていた。
だが、だんだんあいつの心がわかるようになってきた。
あぁ、あの馬鹿に心ごと持っていかれてしまったのだ、と。
部下と上司の関係では、すまない感情なんだ、と。
しかし、あの馬鹿に思われている相手は、全くもってその感情に気が付いていないようだった。
鈍感だとは思っていたが、ここまでだとは思っていなかった。
誰が見ても一目瞭然なのに、当の本人だけが知らん振り。
可哀想を通り越して、とてつもなく悔しかった。
ねぇ。
お前まであいつに奪われてしまうの?
期待をするために、拒否を。
拒否を隠すために、期待を。
立場上、これが俺の信条となっていた。
君に嫌われぬように、期待を。
隣で笑ってもらえるように、期待を。
君に愛されぬように、拒否を。
君が笑っていられるように、拒否を。
寂しいなんて思ったことは一度も無かった。
もしかしたら、嘘かもしれない。
だけど、嘘でも、俺は寂しいなんて思わないはずだった。
「沖田さん。巡回ですよ。」
でも、優しく微笑まれてしまえば、俺の立場なんか崩してもいいんじゃないかという錯覚が。
それは、間違ったって錯覚。
「なんでぃ。土方の野郎はどうしたんで?」
「副長は今日非番ですよ。」
そういって、笑う。
あの日から。
あいつは、「命に代えてでも始末しなければならない存在」になった。
「しょうがねぇなぁ。」
でも、俺が返事をすればほんのり笑うから。
まだあいつを生かしてやろうと思ってしまうんだ。
ずっと、ずっと好きだった。
近藤さんの剣道場に入ったのだって、あいつがいたからにほかならない。
でも、あいつは男。
ひどい話、あいつの姉にほれてみた時もあったが、やはり無駄で。
だが、江戸に来てあいつは変わった。
あぁ、まさか部下に思い人を持っていかれるとは思わなかった。
その部下が、あいつに全く興味を持たないとは思わなかった。
だからなのか、あいつが俺の命を狙っている瞬間だけが俺の幸せの時間となっていた。
恨みでも、こっちに思いが向いている事実が嬉しかった。
愛されなくてもいい。
ねぇ。
俺を殺してもいいからこっちを向いて?
虚勢を張るための事実を。
事実を作るための虚勢を。
性格上、これが俺の信条となっていた。
君が安心できるように、虚勢を。
隣でのんびり出来るように、虚勢を。
君に信用されるように、事実を。
君がのんびり出来るように、事実を。
寂しいなんて思ったことは一度も無かった。
だって、いつも隣にいてくれたから。
いくら俺のためじゃなくても、隣にいたから。
「土方ァ、死んでくだせぇ!!」
あいつが殺気を放ちながらこちらに走ってくる。
殺気まみれでもいいから、こっちを見てもらえたことに顔が綻びそうになる。
「んだとこのやろう!」
「さっさと副長の座を渡しなせぇ!」
笑顔で、言ってくれるから。
あの日から。
俺は「いつかあいつに殺されるためだけの存在」になっていた。
「お前に副長は100年早ぇえよ。」
殺気に震える顔でもいいから。
俺の隣にいてよ、ずっと。
馬鹿な男たち達のお話。