蜘蛛の糸



伊東は、ずっと孤独だった。


何も見えない暗闇の中に置いていかれ、ずっと何かを求めている。
その全ては、憎き兄に奪われたものだった。
そして、自分がその暗闇の中で生きてこられたのは、愛しき兄がいたからだ。


「鷹久兄様…。」


その影を求めるように月夜を見上げるのが、今の彼の日課となってしまっていた。
いつからかなど思い出せないが、毎日、毎日空きもせずに夜空を見るのだ。
その場に思い人がいないことも知っているし、流れ星に願えば蘇るなんて思っていない。
ただ、見ていると自然と傷が癒されていく気がしたのだ。
それは、真選組に入所してからも欠かしていない。


そのまま伊東が縁側に横たわれば、その冷たさに一瞬身を強張らせた。
いくら秋とはいえ、もう10月も終わりである。
寒さで言えばもうとっくに冬なのだ。
そんな寒さですっかりかじかんでしまった指に伊東が息を当てると、後ろから物音がした。
入隊してすぐとはいえ、伊東は参謀と言う立場にいる。
一人部屋を与えられているため、この縁側を占領できている。
物音がするということは、それは間違いなく伊東の自室の方向からだった。


「どなたかな?」


柔らかな物腰で訪ねても、その物音の正体は一向に口を開こうとしなかった。


「ノックぐらいしてくれてもいいんじゃないか?」


何も返事が無い。
少し不安に刈られた伊東は、着物を正して立ち上がる。
そのまま勢いよく障子を開けると、そこには、山崎がいた。


「あ、先生。お目覚めになられましたか?」


良く分からない問いに、伊東は首をすくめる。
なんのことだい?という返事の前に、山崎を見て絶句した。


目が無い、口が無い。
更に言えば、凹凸も無い。
山崎の顔は、完全にのっぺらぼうのそれだった。


「うわぁぁぁぁぁ!」




伊東が思い切り起き上がると、そこには目があって鼻があって、更に言えば凹凸がある山崎が覗き込んでいた。


「大丈夫ですか?」


自分の顔が酷く歪んでいることが簡単に予想できて、舌打ちをしたい気分になった。
あくまで山崎は部下。
その部下にこんな憔悴したような顔をさらすのは、伊東のプライドを少なからず傷つけたのだ。


「…あ、あぁ。…なぜ君がここにいるんだい?」
もっとも、それはおくびにも出さないのだが。


「伊東先生が苦しそうな声をあげていらっしゃったので…。」


やはりか、と思うとやはり自分が少なからずダメージを受けていることに気が付く。
きっと山崎の部屋まで唸り声は聞えているのだ。
土方になど、筒抜けであろう。
そんなことを考えていると、山崎はふと笑い出した。


「何がそんなにおかしいんだい?」


少しすねたように伊東が言えば、山崎は笑い転がりそうな勢いだ。


「いえ、なんか、いま、先生が何を考えているか手に取るように分かってしまって…。すみません。」


謝っておきながら、山崎には笑いを止める気配が全く無い。
どんどん不機嫌になる伊東に、山崎はできる限りの笑顔で笑いかけた。


「本当にすみません。では、俺はもう寝ます。」
「あぁ、お休み。」


相当冷たくなった伊東の対応に、山崎はまた笑いたくなった。
でも、さすがに上司の前である。
そのままそれをこらえて部屋へ戻ると、日記をつけて、寝た。


伊東も、そのまま飲み込まれるようにして睡眠についた。
いつも、うなされると、山崎がそばに居ると気が付くことは、ないだろう寝顔で。





10がつ15にち
きょうは、みみもとでのっぺらぼうのはなしをしてあげました。
すこしかおをしかめたあと、さけびだすかれはとてもあでやかでした。
そのままおれのかおをみると、とてもおもしろいかおをしていました。
きっとおおかたいまのこえがひじかたさんにもきこえているだろうとおもっているんだとおもいます。
そんなあなたのいいこえをほかのひとにきかせるわけがないのに。
おきたあなたとはなしをすると、すこしふきげんになっていきます。
そんなあなたもかわいいです。
はやく、おれしかかんがえられなくなればいいとおもいました。
もうおれはあなたのことしかかんがえられないのに。

くものいとのように、からめとられて、うごけなくなればいいのにね。

                          やまざきさがる


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…帰れよ自分と叫びたい。