さぁ、下品な芝居を始めよう。



  子一人



いきなり花束を渡してきた子供は、ぱたぱたと家の中に消えていった。
大体自分ぐらいの年齢の子だったと思う。
普通は同年代なんだから考えていることも解ったのだろうが、僕には一個もわからなかった。


なぜ、僕なんかに花束を。


篠原と書いてある門をくぐれば、そこはもう僕の『城』だ。
逆らう人なんか一人も居なくて、全てが僕の思うが侭に動く。
門から外もあまり僕には逆らわない。


昔から暗殺業をしてきた篠原家は、ここいらいったいの地主であった。
だから、誰も逆らえない。
いくら今の当主が10歳にも満たない子供とはいえ、それは通用するのだ。


篠の木の枝は折れないのだ。


まぁ、ここまでいわれるのにもわけがある。
暗殺業をしてきたのだから、この村の人々もたくさん殺している。
それを知っているから、この村の人は僕の城に手を出さない。


その代わり、僕に友達は居なかった。
同年代の子供の親は僕に子供を近づかせない。
近づいてくるのは、金に狂った親戚だけ。


寂しいなんて思わないけど、退屈だった。
毎日毎日、しのびの学業だけをこなし、眠りにつく。


なのに、今日はイレギュラーが起きてしまったのだ。
手の中にある花束を見れば、紫に映えるキキョウ。
その花を抱え、僕は城へ入った。



気まぐれだったのだ。
いつもならその場で棄ててしまう贈り物を、わざわざ部屋の花瓶にいれたのも。
その花瓶の水を毎日変えたのも。
花のことを、調べたのも。


その次の日、僕に従順を誓った少年は家に来た。


「初めてお目にかかります、山崎退です。」


しっかりした口調は、今までであった少年とは雲泥の差だ。
その意思のある目にとても興味を覚えた。
そして、どうして僕にあのような花を贈ったのかも。


「初めてじゃないよね。一昨日…」
「あ、覚えていらっしゃったのですか。」
「男から花束を貰ったのは初めてだった。」


気持ち悪かったでしょうか?なんて聞くものだから、つい意地悪をしてしまう。


「恋に落ちそうになった。」


後ろでばあやが慌てるのがわかった。
僕がにやと笑えば、山崎といった少年は顔が赤くなる。
あぁ、面白いな。


「…冗談でもそういっていただけると嬉しいです。」


今度は、僕の顔が熱くなった。
落ち着け、相手は同姓だ。
自分には婚約者がいて、それは綺麗な女の子で、良家の娘で…。


「す、すいません!」
「き、気にするな。冗談で言っただけだから。」


その気まずい雰囲気の中、ばあやが山崎に関する説明をしてゆく。
どうも優秀な忍びらしく、しばらくは僕の相手をしてくれるようだ。
あとは、身の回りの世話、怪我の治癒、病気の際の治療などが山崎の仕事らしい。


「篠原様、よろしくお願いします。」


周りの大人と一緒のその呼び方が嫌で、僕は山崎を呼び止めていた。
びっくりしたように山崎が振り返る。
少し強く呼びすぎたようだ。


「あ、えっと…篠原、じゃなくて、進之進で良い。」
「え、あ、いえ、そんな滅相もない!」
「じ、じゃあ!篠でいいから。」
「じゃあ、篠様とお呼びします。俺…私のことは退、と呼んで下さい。」


その次の日から、僕には、初めての友達が出来た。


いっしょに悪戯もしたし、いっしょに説教もされた。
だけど、退と一緒なら何もかもが楽しい。
ばあやも退と一緒の僕を見ると楽しそうだった。


「進之進様が子供らしく、年齢に応じたことができるのは、退の隣だけなのですね。」


しかし、そんな幸せ、長くは続かない。



あのキキョウが全て枯れたときに、退の父親が死んだという連絡が来た。
その連絡を退に伝えると、退はぽろぽろと泣き出す。
やはり、肉親の死は哀しい物なのか。


「行っていいよ。」


すいません、といって退は車に乗った。
また、遊ぼう。と言ったら、退はまた泣き出した。
おかしいなと思った瞬間には、もう車は発車していた。





それから、僕の親友は家へ帰ってこなかった。