気持ち




山崎が振り返ると、そこには何も居なかった。


しかし、視線だけがそこにある。
それに気付かないふりをして、山崎はまた歩みを進めた。
もう一回振り返っても、きっと見慣れた江戸の景色が広がっているのだろう。


だが、そこには必ず誰か居るのだ。
それもその正体を、山崎は知っている。
だけども、それに気がついたふりをしてはいけないのだ。


…それが、あいつを思い上がらせるから。


30分ほど歩くと、だんだん足音が近づいてくる。
あいつが、痺れを切らしたのだろう。


振り返れない。
今自分は、漆黒の隊服を身にまとっている。
そして隣には、鬼の副長。


いくら振り向いて飛びつきたくても、出来ない状況なのだ。
それが、山崎と恋人の関係。


屯所の前まで戻ってくると、副長はのんきに中へと入っていく。
今日はクリスマスだから、中では宴会をやっている。
そこに早く参加したいのか、副長の足は普段よりも少し早い。
山崎もさっさと中に入って参加したいのだ。


しかし山崎は後ろの人物が居るので、やすやすとは中に入れない。
きっとこの男は、無茶をしてでも山崎の後を追うのだろう。
そういうところが、山崎は好きなのだから。


仕方無しに屋根の上に乗り、全速力で走り出す。
それは決して彼を撒くためではない。
どちらかと言うと。
久しぶりに、二人きりになりたかった。


口が裂けても彼にはいえないが。



5分ほど走れば、そこは物静かな場所。
言い方を変えれば、廃墟である。
山崎が良く密偵をする時に拠点にするので、あまり人には知られていないはずだ。
…知られていると、困るのだが。


「万斉!」


山崎が大声をあげると、屋根の上から烏のような服を着た大男が降りてきた。
まとっている雰囲気に少し安心するが、今日は言わなければならないことがたくさんある。


「屯所の傍までついてくるとかどういうことだよ!」


怒鳴ってやっても、恋人はしれっとした顔をしている。 怒っている顔も可愛いなんて万斉が思っているとは知らずに、山崎は少しへこむ。


「おまえ、副長にばれたらどうするつもりだったんだよ。」


今度はおとなしく問うと、万斉はやっと答えた。
それは、山崎の想像をはるかに越えてはいたが。


「いや、退殿が必ず撒いてくれると思っていたゆえ。」
「え!?他力本願!?」


あまりにも酷く、自分達の立場を理解しない万斉に、怒りを通り越して哀しみすら覚える。


もし斬られてしまったら、自分はどうなってしまうのか。
尊敬する人が、愛する人を斬ってしまうのだ。
もしくは、その逆か。


納得しなければならないのに、その現実はきっと山崎を壊すだろう。


「…馬鹿じゃないの。」


いきなり冷たくなった声に、万斉は目を細める。
サングラスに隠れて見えないその表情には、笑みがこぼれていた。


山崎が考えていることなんて、万斉には全てわかっている。


いくら監察で、感情を押し殺せて、ずっと笑っていられる人間でも。
その心が奏でるメロディは嘘をつかないのだ。
自分のことを心配しているこの現状に満足すると、万斉は山崎を抱きしめた。


「…すまぬ。次からはもっと気付かれないようにする。」

「え!?止める気無し!?」

「拙者は退殿のストー…恋人でござるからな!」

「いまさらっと怖い事言ったよな?」


いつのまにか笑顔がこぼれる山崎を見て、万斉も幸せに浸る。
山崎は、その幸せそうな万斉を見てもっと幸せになる。
そんな永遠ループだが、それを素直に伝えるすべをあいにく山崎は持っていない。


「顔が歪んでるぞ。」

「退殿が可愛いのだ。」

「気持ち悪い。」


決して本心ではないことは、万斉のほうが良くわかっている。
顔を真っ赤にしてそっぽを向く恋人に、万斉は笑いかけた。


「メリークリスマス、退。」





お酒も無いし、ケーキも無い。

ましてや、ホワイトクリスマスなんてロマンチックな雰囲気でもない。


だけど。





手を包む体温があれば、二人とも幸せなのだ。




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さて、クリスマス小説第二段。
いつのまにか気持ちとか関係ない出来になってましたね。
今から加えようかなぁとか思ったんですが、疲れたので断念。(こら
テスト前の神が帰らないうちに全ての小説書き終わるぞ!