不眠症





 「土方君、あの書類なんだけど…。」
 「…あれは山崎に回せ。それと伊藤、お前はこれで上がっていいぞ。」
 「わかった。」



 あの事件から、一年が経った。
 奇跡的に一命を取り留めた僕は、また、真選組に帰ってくることになった。
 やはりいろいろと揉めたらしいが、帰ってきた土方君が皆をなだめて歩いたらしい。



 「あいつは俺たちに必要だ。」



 それを聞いたとき、涙が出るかと思った。
 仲間を沢山きった僕を、まだ必要だと言ってくれる。
 彼は、かけがえの無い『仲間』なのだと。

 ただ、僕を驚かせたのはそれだけではなかった。
 それは、山崎君だ。
 僕は、無残にも彼を斬った。
 なのに、彼は、土方君と一緒に頭を下げて回ってくれたのだ。



 「先生は、変わります。だから、もう一回チャンスをください。」



 これを聞いたときは、泣いていた。
 ただ、それと同時にとてつもない不安が襲ってはいたが。
 もしかして、彼は土方君に従っているだけなのではないかと。



 「あれ、先生。」



 あの事件で事務担当の篠原君をなくした監察の事務は、彼がすべて担っていた。
 少しやせた山崎君を見て、居たたまれない気持ちになる。



 「土方君から、書類だ。」
 「あぁ、多分あれだ…ありがとうございます。」



 無理して笑っているようにしか見えない山崎君に、僕はいつもならかけない声をかけてしまった。



 「何かあったら言ってくれ。何でも手伝う。」
 「あはは、ありがとうございます。でも、先生のほうが俺なんかより忙しいでしょう?」
 「そんなことは無いよ。僕はあれから外回りが出来ないから、これしか仕事が出来ないんだ。その分、君は監察の仕事もやりながら事務をしているんだろう?少し休んだ方がいい。」


 腕がなくなってから、できる仕事は格段に減った。


 裏切った僕では幕府への話し合いへいけないし、剣なんか握れない。
 そうなると、やることはデスクワークしかないのだ。



 幸い、と言っていいのかなんだかわからないが、真選組にデスクワークができる人材は皆無と言ってもいい。
 土方君と、山崎君と、僕。
 前は篠原君が居たが、彼は沖田君に静粛されてしまっている。


 実に申し訳ないことをした、と思う。


 彼が一番僕を尊敬してくれていたのに。
 傍に居てくれていたのに。
 絆を、くれていたのに。
 そんなことを考えていると、山崎君が口を開いた。



 「…篠原を…。」



 それは、集中しないと聞き取れないような声量だった。



 「なら、篠原を返して下さい。」



 何も言えずに突っ立っている僕を、山崎君は一瞥した。



 「冗談です。…いえ、すみません。」



 わがままです。
 一日や二日では付かないような隅が、弧を描く。
 笑う彼は、痛々しすぎるほどだった。










 眠れない?
 彼が居なくなってから、毎日ですよ。