真夜中の駅に、汽笛が響く。
 もうすぐ出発するであろうそれは、真夜中にもかかわらずいろいろな人がいる。

 恋人との別れを悲しむ人。
 息子の門出を祝う人。
 一人悲しく歩いている人。

 それらすべてを見守るように、すみっこに初老の駅長が立っている。
 これは、そんな彼が見た哀しいお話。










 その日は、とても寒い日でありました。
 そんな時期ですから、帰省する人もいなければ旅行する人も居ず、駅はとても静かでした。
 ですが、汽車は毎日同じ時間に出発いたします。
 二、三人しかいない汽車を発車させるほど哀しいものはございませんが、時間を過ぎることはもっと哀しいことでございます。

 私が、あと5分で、汽笛を鳴らそうと思っていた時でした。
 滑り込むようにして、真っ黒い服を来た青年が駆け込んで来ました。



 「高杉さん!高杉さん!」



 誰か知人でも探しているのかと思い、私はおもわず声をかけました。
 そこまでに、青年は必死でした。



 「あなた、人をお探しかな?」
 「あ、はい。」



 その青年の服装は、どこかで見たことのあるものでした。
 ですが、もうこの年でございますから、何の服か、何処で見たかとんと思い出せませんでした。
 その上、毎日いろいろな方の服装を見ていますから、そこで見たのだろうとまったく気にいたしませんでした。



 「よろしければ放送でお呼び出しいたしましょうか?」



 そう言うとたいていの方は放送を頼むものですが、この青年は違いました。



 「いえ…呼び出しはちょっと…名前を言えば席とかわかりますか?」
 「はい、解ります。」
 「じゃあそれで…多分俺の名前で取ってるはずだから…山崎です。」



 やはり青年が必死なものですから、普段はお断りしている席調べをして差し上げることにいたしました。
 すると、山崎退様名義では席はありませんでした。



 「え?ない?」



 きょとんとした顔で青年が聞き返したのを良く覚えています。
 それがあまりにも…失礼ながら、ぽかんとしていたものですから。
 そして青年は思いつく限りの名前を挙げていったようですが、一向に名前は見つかりませんでした。
 青年は、泣きそうな顔をしていました。
 人との別れを悲しむようでしたが、少し不安が入り混じっていたと思います。



 「…た、高杉で、入ってたりします?」
 「高杉晋助様ならご予約いただいてます。」



 青年の顔は、一瞬にして暗くなりました。



 「…駅長さん、警察に連絡は…」
 「していません。きっと、別の方でしょう。それに、私にはすべての方に楽しい旅行を提供する義務がございます。」



 とたんに、青年の顔は明るくなりました。



 「…ありがとうございます!!」



 そして席を聞くと、一目散に走っていこうとする青年を、私は呼び止めました。



 「貴方は、先ほど退様だとおっしゃいましたかな?」



 私が問うと、青年は頷きます。
 私は、彼に、チケットを渡しました。
 先ほどと同じような顔をして止まっている青年に、私はチケットを渡しました。
 きっと、彼のチケットに間違いないだろうと思いまして…。
 いえ、普段はこんなことまったくしないのですが、青年が、あまりにも必死でしたので。
 …チケットの名義は、高杉退になっていました。
 笑顔だった青年は、今度は泣き顔になりました。



 「…本当に…あ、りがとう。」



 青年は、泣きながら走り去ってゆきました。
 そのあと、あなた方が到着して、あの通りになったわけです。

 あの見覚えの合った制服は、あなた方のものでしたか。
 非難はいたしません。
 なにせ、それがあなた方のお仕事でしょうから。
 …いえ、少し、青年のことを思い出していただけです。
 あの必死だった青年が、上では、彼と一緒に穏やかに生活していてくれると嬉しいのですが。










 いつまでも、花が絶えない場所がある。
 少し紅く黒ずんだそこには、いつまでも、二枚のチケットがある。
 土方は、そのチケットを手に取った。



 「…せめて、そっちでは幸せに。」





 ありがとう、副長。